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整体師へ歩み

「憧れ」

私が現在の仕事に憧れを持ち始めたのが高校生の頃であったでしょうか、その当時私は町の小さな空手道場で空手を習っていました。その道場には子供の稽古の時間が終わると先生と私しか残らない状況がよくあり、ほとんどがワン・ツー・マンの稽古でした。そんなある日私は軽い打撲で左腕を痛め、そのことを先生に伝えると先生は痛めている私の左腕にマッサージクリームを塗り、擦るようにマッサージを施してくれたのです。すると嫌な痛みがスッーと消えていったのです。今思えば市販のクリームを使い、ただマッサージをしただけのことなのですが、そんなことよりも感動の受けたことのほうが大きかったのです。手の持つ不思議な力に驚き感動し、いつしか憧れに変わりました。

その時は憧れをもつものの真剣には考えていませんでした。ある本を購入し熟読していくうちに憧れが願望になりました。

その後大学に進学し、マッサージや整体などの専門書を購読しては、趣味程度に親類や友人に無料で治療を施していました。もちろん危険な技術は行いませんでしたが「体が軽くなった」「腰が良くなった」といった声が心地良く感じました。

卒業後、中国整体医学専門学校に入学し専門知識と治療技術を学ぶと同時に依頼があれば施術を行い、独立の際の地盤を固めていました。

学校を卒業したもののどうしようかと悩み先生方に相談したところ、雇ってもらえる整体院を紹介しとくれると思いきや先生の口から「豊後君やったら開業し。」と言われました。いずれは独立しようと考えていたので今のうちに多くを辛いことや喜びを経験しておこうと考え、1995年に自宅の一室を使い、開業をしました。

開業したものの当然整体師として、社会人としては未熟です。開業してまもなく患者さんがこられましたが戸惑いながらも仕事を行いましたが、人の体を扱うことは教科書どおりにはいきません。これではいけないと思い、時間を見つけては知人の紹介による訪問や勉強会に積極的に参加しにいきました。その時に共に教卓を並べている多くの先生方やこれから整体師を志す方々と会話をすることで、疑問や悩みをぶつけてきました。

勉強会や多くの先生方との対話は、私の整体法の基礎、整体師の志となり大いに励みになりました。

自分の無力さを知る

 この仕事をはじめて未熟ながら多くの患者さんに来ていただいていますが、時には病院と併用して来ていただいていた方もいます。中には難病を抱えて来られる方もいらっしゃいました。正直に申しますと何度か私の整体院に来ていただいた方もいました。

 お一人は「筋萎縮性側索硬化症」という難病にかかった方もおられました。名前を仮に男性でAさんと申しておきますが、よく時間を見つけては来られていたのに急に来られなくなりました。よくあることではありますが、何年か後に難病にかかっていたことを耳にした時は「まさか!どうして?」という思いが強かったです。そんなある日、出張の予約がありました。依頼主はAさんでした。整体を受けたいと申し出てくれたのです。肩が凝って辛いようでした。私を信用し依頼して頂けるなんてこんな光栄なことはないと思いました。

施術には体を調整することよりも辛い肩こりを少しでも解消してあげることに重点をおき、体の負担の無いようにベッドで座位の姿勢でゆっくりとやさしく筋肉を和らげるように施していきました。施術中にAさんは本当にここち良さそうに開放されたような表情をなさっていました。施術後にはAさんは自営業をなさっていましたので、「寝たきりに早くなっていかないように、可能な限り体を起こし、外の景色を眺め気分転換を行って下さい。」とお願いしました。Aさんは私の言葉を受けいれてくださいました。気丈な方で体が動けなくなるまで短い時間でも椅子に座り、電話番の仕事をしていたそうです。その後、お亡くなる前にもう一度施術を受けたいと願っていたようですが、やはり体力のことを考え断念なさったようです。整体治療は軽い運動をするようなもので治療後は人によってはだるくなる場合があります。断念していただいたほうが正しい判断だったでしょう。私自身はもう一度だけでも安らがせてあげたかったという思いは今も持ち続けています。

私が開業してから長年ご愛顧していただいた方が難病になってしまったこともありました。女性で名前を仮にBさんと名付けておきます。この方は整体師としての私を育てていただいたお客様のお一人であると思っています。初診は左膝の痛みに悩み、知人の紹介をえて来院されました。難しい膝の疾患でかけだしで未熟な私は苦心惨憺して治療を行ったことを思い出します。定期的な治療の末、辛い膝の痛みは消え、完治された時は大変喜ばれ、私も治療師としての最初の試練を達成した気分でした。その後、Bさんは定期的に来られては体のメンテナンスを行っていました。日常生活での疲れや肩こり、時には関節に痛みを訴えたこともありましたが定期的に来られていたのですぐに解消することができました。しかし、2年前に左鎖骨辺りに瘤ができてきたと訴えてきました。その時は小さな事と考え、いつもどおりの方法で体の調整を行いましたが、万が一を思い病院での診察を進めました。病院での診断はリンパ腺腫。癌です。我が耳を疑いました。ショックでした。本人よりもショックが大きかったかもしれません。

Bさんは腫瘍の摘出手術を受けることになりましたが医師の診断では腫瘍を摘出することによって癌細胞が転移してしまうかもしれないらしく、決断の末に手術を行いました。手術のため入院するまでの前日にも何度か私の元で体を調整しに来られました。私は手術早く終えるような状態に体を調整し、無事に手術が済むように願いました。

摘出手術は無事に成功しました。しかしそれは癌との苦しみの始まりでもありました。

術後はBさんは病院で抗がん剤の治療を受けつつ私の所では左大胸筋切除と縫合箇所の皮膚のつっぱりによる左上肢挙上不全を防ぐための左肩関節の機能回復と身体の安定を目的に来てくださいました。何ヶ月かは再発する様子は見られませんでした。

しかし徐々に癌が体に転移していくようになっていきました。なかなかBさんに適応した抗がん剤がなかったようでした。幾種もの抗がん剤を点滴し、その後の副作用に苦しみながらも医師と相談し、暇と時間を見つけては私のところに来てくださいました。

 私はどうしていいのか悩みました。私が整体を行うことで癌の進行を早めてしまうのではないのだろうか。ひょっとしたら私が彼女を難病に導いてしまったのではないのか・・・・・と自分を責め続けたこともありました。しかしBさんの強い希望もあり、「治療をしてもらった後は体が楽になる」というBさんの言葉に私は救われた気がしました。今まではなんとか私が回復の方向へ導いていきはしないものか、と夢のようなことを考えていましたがそうではなく、私がやるべきことは彼女の体と心を少しでも長く日常を楽しめられるように安定させてあげることだと気づきました。

 Bさんは辛そうな状態は隠せませんでしたが、前向きで明るい表情をしておられました。医師も呆れるぐらいだったそうです。入退院を繰り返しながらも時間を見つけては来てくださいました。

 最後の入院でも院内で私に整体治療を望まれていたそうで、私も少しでも長くお役に立ちたいと願っていましたが、願い叶わずに今年(H17)にお亡くなりになりました。突然の訃報でした。そして初めて自分の無力さを嘆きました。

 すこしのお役にもなれませんでしたが医師ではない私を信用していただき病の状態にあるお体に私の手を触れさせていただいたことは「これから私が目指す整体師のあり方」、「整体療法が可能な役割」を考える大きな力となっています。

本当の介護とリハビリテーションについて考える

 5年前私の父は直腸がんを患い手術をうけました。手術は人口肛門をつけることなく手術は成功しましたが、しかし問題なのは糖尿病の因子があり手術を受けたことで脳梗塞を誘発し左半身不随となったことでした。

 私の父は世代的には団塊の世代に入り、なんの趣味もない人間です。退院後は障害者となったことがショックであったことでしょうが無気力な状態でリハビリもあまりすることなく寝たきりとなっていきました。それがいけなかったのですが私を含め家族はつい容認してしまいました。言わば寝かせきり状態で3年以上もたっていきました。

 私たち家族は父の寝たきりの状態が当たり前となりあきらめを感じていたところ父はなにを思ってのことなのか分かりませんが突然にリハビリを行い歩くようになりたい、私にリハビリを手伝ってほしいと言い出したのです。正直に言って息子としてうれしかったです。

 脳疾患により不幸にして障害を持つこととなりリハビリを行うことで機能を取り戻し、日常に復帰していくことは並大抵のことではありません。まして3年以上も寝た状態でいて体がそう易々と動けるはずもありません。そのことを説明し覚悟を極めリハビリを始めました。

父にとっては人生で初めて苦しくて辛い思いをし続けていることだと思います。腑抜けた状態になる父を叱り飛ばし、時には感情的になってしまい父の体を叩いてしまったこともありました。私はリハビリテーションに関する本を独学しながら勉強しつつ、整体療法と合わせて、様態を診ながらなんとかお互いあきらめずにリハビリを続けてこうと決心しました。

 リハビリは早期離床、早期歩行が原則です。父は以前のように思い通りに歩けたりすることは出来ません。リハビリに耐えられる体力もこれから衰えていきます。どこまでやれるか分かりませんが最低限度介護が出来る座位、立位の姿勢の保持ができるようになることが現在の目標です。

この経験の中で私は現在の介護事情は介護に従事する人間にはほとんど目が向けられていないことに気づきました。ご家族の介護をしている人、ホームヘルパーを仕事にする人達の身体的、精神的負担は計り知れないものがあります。このような状態ではいつか介護を受ける人よりも先に体がつぶれてしまいます。もしご家族の介護をし続ける、ホームヘルパーの仕事をし続けようと考えているなら自分自身の体も守っていかなければならないことを覚えて貰いたいです。そして介護される側もご家族のことを考えるなら可能性のある方は早期に残存機能を取り戻し、自立し、介護者の負担を僅かでも軽減させてあげるように努めるべきだと思います。そのためにこれからは整体療法が必要になり、皆様のお役になると私は考えています。そして民間医療に従事する者はお力になれるよう知識、技術を研鑚するべきである。

現在も私一人で仕事を行っていますため人数に限りがあります。その分、来て頂く患者様にはお一人お一人丁寧に施術することを心がけています。これからも多くの方に来院して頂けるように質の向上はもちろん愛嬌のある整体院づくりを目指すつもりです。これからのご愛顧をよろしくお願いいたします。


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